はじめに。
この記事は
を先に読んでおいた方がわかりやすい気がします。
現状
私は12/20から入院している。
3日ほどで隔離病棟から一般病棟へ移動し、早3週間が経つ。この3週間で主にやっていることは、同人漫画の原稿作業だ。
絵が描けるようになった云々は「はじめに」の部分でわかるだろうと思うので割愛。
しかしまぁ、端的に言えば、ひたすら絵を描いていられているのである。そりゃ、気分の波もあるし、描きすぎて疲れてデパスのお世話になったりするし、父との面会や外出で絵が描けない時もある。けれど、とにかく、非常に健康的に絵を描いている。
繰り返す。
非常に健康的に絵を描いている。生活ができている。
なんなら、3食まともに食い、原稿しながらお菓子をつまみ、しかし座りっぱなしなせいで体重が過去一を記録した。だがそんなことはどうでもいい。
「至って健康」なのである。
となるとどうなる? そう、私の罪悪感がむくりと起き、やあ、と声をかけてくるのである。
病気や入院について
そもそもから始めよう。
なぜ入院に至ったのか?
私はこの入院している病院の外来に、6月末から通院している。病名はうつ病だということは、割と最近教えてもらった(教えたくなかったとも聞いた)。
個人的な判断で言うと、うつ病でも軽度な方だと思う。けれども、学校の公認心理士曰く複雑性PTSDを持っており、またそれによる軽度な解離も起こしている(人格が変わったりするほどではないが記憶が事実以外ざっくりなくなる)。
症状としては倦怠感、食欲・性欲減退、疲れやすさ、希死念慮、etc。
ただ、夜のパニックが夏からあるのが厄介だった。パニックと言っても過呼吸や死んでしまうのではないかという危機感はない。しかし、泣きながら「大丈夫」と自分を宥める言葉を喚き散らし、自らの頭を殴りながら文字通りもがく状態は、この際パニックと呼ぶしかあるまい。
そして通院しているということは、服薬も当然している。ラツーダに始まり、炭酸リチウム、メイラックス、デパス、etc。
抗うつ薬も飲んでいた。セルトラリンと言う。しかしこれが厄介で、希死念慮を抑えるはずの薬が、かえって増大させることもあるのだ。私はセルトラリンを飲んでいた頃、衝動的な希死念慮に駆られ、普段は全くしない飲酒やリスカなどをしてしまった。それを受けて主治医曰く「抗うつ薬が向いてない」とのこと。どうやってうつ治すんだよ。しかしセルトラリンが無くなったことで、確かに衝動性の希死念慮は消えた。
さて、そんなこんなで日々を何とか過ごしていた私だが、目に余ったのか主治医は「任意入院しない?」と私に提案した。
入院。
流石に即断はできなかったし、むしろ、「いやそこまで酷くないでしょ?」と思っていた。
だって私は、うつにかまけて課題もバイトも細やかにしかしてない怠け者、落伍者なのだから。
しかしパニックは相変わらずやってくる。
その度に主治医は言う。「辛い時はうち(病院は24時間対応可能)に電話しておいでって言ってるよね」
辛い? 辛いとは何なのだろう? 確かにパニックを起こすと大変だが、デパスとサイレースで寝れればそれで良いのだ。薬で対応できるものは辛いのだろうか? というか
私が「辛い」を定義してはいけない
という感覚があった。そして同時に
こんなことで人に頼ってはいけない
とも思っていた。通院、服薬にも疑問を持ち、己は病気なのかと主治医に尋ねたほどである(結果うつ病だと教わった)。
そして12/19。今となっては記憶も朧げだが、病室で喚いたことは覚えている。それもやはり、主治医の「辛い時はうちに電話」だったと思う。頭の中でぷちんと何かが切れたのだろう、私は「そんなこと許されない」と言ったと思う。
私にそんなことは許されない。「だれが?」だれでも。私がこんな程度のことで電話したら駄目なんです。「でも実際、晩御飯について電話かけてくるような人もいるよ。気軽に電話してよ」嫌です。「どうして?」私なんかが電話しちゃいけないから。
堂々巡りだったと思うし、私は喋りながら頭の遠くで何を口走ってるんだ馬鹿野郎とも思っていた。でも止まらなかった。幼少期のように自分の頭も殴った。涙が出て、そのうち言葉も尽きた。項垂れるしかなかった。
「ごめんなさい」
次に出てきたのはこの言葉だった。私はなんてことを言ってしまったのだろう、許されない、許されたい、どうしよう、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
遠くで昔の家族の声がした、「お前のごめんなさいは軽すぎる」
過去で一番、診察で取り乱した日だった。
主治医は心配だからまた次の日おいで、と予約を取り付け、私は帰ることになった。
帰って、余っていたメイラックスやデパスや、あと何だったか、それらをODした。そして寝て、起きて、家事などを済ませ病院へ。
「昨日のこと覚えてる?」
「電話かけろって言われたことは」
「…入院しない?」
「わかりません」
「…わかった。お父さんに電話するね」
こうして私は、医療保護入院へと至ったのである。
元気になるという罪悪感
入院すると言うことは、己は確実に「病人」なのである。まして所有物全てを没収され隔離病棟に入れられてみればその実感は増すばかりだ。
しかし私は、前述のように個人的には軽度だと思っているし、実際軽度なのだろう、一般病棟へ移ることなども割とすんなりだった。
そして健康的な生活リズム、3食しっかり食べ、薬も飲み、ぐっすり眠る
元気にならないわけがない。
しかし、これも先述したが、そうするとどうなる?
罪悪感が生まれてくるのだ。
己で「辛い」さえも定義できない人間が、こんなことで入院できないと思っていた人間が、元気になると罪悪感を抱くのは想像に容易いことだった。
健康であることに罪悪感を感じる
入院して良いのだろうか?死ぬべきじゃないか?
殺して欲しい罰が欲しい、苦しまなければ許されない、現状では許されない
普段は夕食後に書く日記に、昼過ぎに書いた。何ならデパスも飲んだ。そしてこうなったらとりあえずは寝逃げである。昼寝したのち落ち着いたので、原稿作業を進めていた。
しかし、夕食後の今、これを書き連ねながら不安が高まったのでデパス2回目を飲んできた。全く何をしてるんだか。とはいえ、看護師さんに「元気なのに入院してて良いのか」と聞いたところ「退院に向けて動き出す機会なんじゃん? 今の坂本さんはまだ入院必要って感じでもないしね。でもまぁ焦らないで、少しずつ」と言ってもらえたのは良かった。
自己嫌悪とは違う視点を持てた。
そうだ、退院したいのだ、己は。
元気になったから。
思考回路に少し難あれども、元気になったので退院したい。今度主治医に話してみようと思う。